専修大学育友会
ルワンダへ行った動機と専修大学でできること
狩野 歩夢(経済学部)
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ルワンダ行きの飛行機に乗った途端、アフリカという日本からはるか遠くの国に行くという緊張感からか、すぐに眠りについてしまった。そして、30 時間が経過したのち、飛行機の中寝ぼけた瞼をこすると、緑の丘が広がっていた。ルワンダが千の丘の国と呼ばれる意味を目の当たりにした。

ルワンダに行く前の私の印象は、虐殺、貧困、マラリア、危険等、悪いイメージばかりだったが、実際にルワンダのキガリやマヤンゲ村に滞在し、確かに貧困という現実は目の当たりにしたが、虐殺から立ち上がり、発展している地域もあり、自然が美しく、出会った人々はみな思い やりの心を持っていて、悪いイメージは日が経つにつれて薄れていった。ルワンダで様々な経験をしたが、私が一番印象に残ったことを述べさせていただきたい。

虐殺記念館にルワンダ大学学生と行き、彼らの親や家族が皆殺しにされ、その現場がまだ目に焼き付いている彼らから、いつ殺されるかもわからない、毎日が真っ暗なトンネルのような100 日間の生活を強いられていた、大虐殺の際に体験した事実を直接聞いたことは今も走馬灯のように私の頭の中をよぎる。

虐殺記念館の帰りのバスで、ルワンダ大学学生全員が、バス中に響くような大きな声でルワンダの伝統的音楽「Rwanda has changed」という歌を歌っていた。虐殺という悲惨な過去を皆で協力して乗り越えその寂しさを力に変えようという彼らの思いがひしひしと伝わってき た。

「つらい思いをしたからこそ、仲間や家族の大切さが身にしみてわかる」と1994 年、100 日間に100 万人が殺されるという大虐殺の中、生き延びたルワンダ学生がいうように、自分も周りの仲間や家族をもっと大切にしなくてはと心から思った。

また国をよりよくするため、生き残った周りの仲間の生活をよりよくするため、1日平均8時間以上死に物狂いで勉強し、自分の国は自分で変えるのだと熱望しているルワンダ大学学生の努力と精神を見習って、私ももっともっと頑張らないと、という思いを持った。ルワンダで過ごした一日一日、一つ一つの行動がとても刺激的で、考えさせられ、勉強になった。ルワンダに渡航した1人の人間として、アフリカで学んだことや経験したことを、1人でも多くの興味のある方に語り継ぎ、アフリカが日本人にとってもっと身近な存在になる日が来ることを切に願っている。
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