オペラ「八犬伝」台本制作の記録
文学部
幸田 尚恵 ・ 中島 美和 ・ 雪下 恵梨香
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「オペラ八犬伝」の台本制作を通して苦労したこと・得たもの
【台本制作を通して苦労した点】
「要求の高さ」と「実力の差」に苦しんだ。
・・・オペラの台本制作メンバーとして活動当初は、文学的・音楽的な知識に乏しく、学生メンバー全員が今回の参加を機に初めてオペラを観るといった状態だった。そのため、メンバーがそれぞれ、「オペラについて」、「台本の作り方」について一から学ぶところから入った。台詞の語彙のボキャブラリーも、話を広げる手法もよく分からない手探り状態の中で話し合いは進んでいった。始めて接するプロのオペラ作曲家の方が求める世界観、舞台演出や台詞の言い回しに対する意向を汲み取る事は非常に困難だった。自分たちには求められているレベルの物語を創造する実力などないのではないかと、自信を無くすことも多々あった。話し合いのレベルの高さについていくことが、まず第一点に苦労した点だと思う。
意見の食い違い
・・・作曲家仙道氏が思い描く「オペラ八犬伝」の世界観と学生側の世界観との意見の食い違いが生じた点も苦労した。私達は文学部日本文学科という事もあり、最初のうちは、「言葉」としての表現にこだわって文章を書いていた。そのため、つい、難解な言葉を繁用してしまい、文章も長くなってしまっていた。台詞で物語を進めるという形式にも慣れていないために、どうしても説明的な文章を書いてしまった。しかし、オペラの台本で大切なのは“耳で聞いて分かる、音楽的にみて美しい台詞“であると仙道氏からは要求される。しかし、学生側でも言葉へのこだわりがあった。仙道氏と我々学生側の双方の意見を一致させることには苦労した。
また、場面の設定でも学生側と仙道氏との間で食い違いがあった。私たちがイメージする八犬伝の空間と仙道氏の思い描く舞台の空間とが一致せず、20分以上もひとつの場面について話し合ったこともあった。
しかし、このような意見の食い違いを時間をかけて話し合うことで、台本の中に様々な意見やセンスが投影され、台本のクオリティーを高めることができたのだと思う。
膨大な時間を費やした制作期間
・・・台本の制作には2003年12月の活動開始から2004年8月28日までの約9ヶ月間という長い期間をかけて取り組んだ。この長い期間中、台本の制作に縛られることは精神的にも大変だった。
また、二幕担当の高橋佳子さんは就職活動と重なっており、三幕担当の北野いづみさんは社会人ということもあって、それぞれ次回の集まりに向けて考案しなければならない台本改訂案の話し合いの時間を確保する事が困難な状況だった。その為、E-mail経由で台本構想案のやりとりをするなど、幕担当のメンバー同士でこまめに連絡を取りながら作業を進めた。
ポスター、台本デザイン考案
・・・台本制作を終えた2004年秋頃から、専修大学の若い学生の力を発揮して欲しいという仙道氏と板坂教授の意向から「オペラ八犬伝宣伝用のポスター」、「劇場用のポスター」、「パンフレットと共にお客様に配布する台本」のデザインを有志で参加してくださる美術に秀でている専修大学の学生の方と共に考案するという作業に入った。やはりこちらも台本制作と同じように、ポスターデザイン考案者が描くイメージと私達台本制作者が描くイメージの伝達がなかなかうまくいかず、美術的な表現の難しさを実感した。しかし、最終的には見事にオペラ八犬伝の世界観を表現してくださる作品を制作してくださり、台本制作メンバー一同、思い描いていた世界観が想像以上の素晴らしい作品となって目の前で形になった喜びに感動した。
【台本制作を通して得たもの】
忍耐力が身に付いた
・・・毎月一度、仙道氏も交えた6人が神田校舎に集合して10時〜18時頃までの一日がかりで話し合いを行った。その話し合いは当然、「学生だから」という甘えは一切許されないもので、常にプロとしての作品レベルを追求される討議が行われた。このような“プロ“の空気を感じながらの話し合いを通して、一つの物事に集中して取り組む忍耐力を身に付けることができた。
また、長い制作期間、何度も改訂を繰り返してひとつの作品を作り上げたことで、粘り強く取り組む姿勢も身につけることができたと思う。本当に良いものを作るためには、どんなに苦しくても妥協してはいけないという、プロの精神を学んだ。
自らを成長させることができた
・・・「opera八犬伝」という作品は、仙道氏の長年温めてきた作品であり、「人生を賭けた作品にしたい」という思いが込められている。妥協が許されない、とても重厚な作品ということもあり、その制作に関わる事が出来た経験は何より自分の成長に繋がったと思う。普段の生活では関わりを持つことが無いプロの作曲家の方との共同制作の中で、プロの仕事を垣間見ることができた。
また、「自分は作曲家の人生を賭けた大作に関わっている。良い作品を創りたい。」という責任感を実感した。話し合いを重ねる度に、自分の新しい可能性に気づくことができたように思う。初めての経験で、手探りの中で始めた台本の制作だったが、逆に、多くのことを学ぶ機会になり、未知の世界でも挑戦してみる度胸がついた。
この、オペラの制作という経験を通して、私たちは自らを成長させることができた。それは今後、社会に出て行くためにも役立つ貴重な財産だと思う。
後世に残る物に携わる事ができた。
・・・自分の携わった作品が後世に残るという点も、普通の学生生活では味わえないとても価値ある経験だと思う。しかも、オペラという何百年の歴史を持つ芸術の1ページに加われたことは、非常に光栄なことだ。これから先、私たちの作ったものが多くの人に感動を与えられたらそれ以上に嬉しいことはない。日本だけでなく、海外でも上演され、広く世界に「日本の美意識が作り出した新しいオペラ」が広まって欲しいと思う。
多くの新しい経験ができた。
・・・ “オペラ“という芸術世界に触れること、物語を書くこと、読み合わせをすることなど、多くの新しい体験をすることで、自身の引き出しが増えたと思う。このオペラの台本制作の経験は私たちにとって、普通の学生生活では体験できないとても貴重な経験となった。この2年間、努力したことは、これからの人生の糧になると思う。
【二幕で苦労した点】 二幕担当:文学部日本語日本文学科4年 中島 美和
高橋さんと私が担当した二幕は、「筒井筒・・・信乃と浜路の物語」という内容で、物語は主に信乃と浜路の恋を中心に展開する幕である。さらに、信乃と浜路の義母で二人への悪心を抱く亀篠と、村雨丸を偽物に掏り返る左母二郎との不倫などもあり、人間の繊細な心情の変化を描くことの難しさに直面した。また、二幕は重厚な一幕と荘厳な三幕の間の幕ということで、観客が少し息を抜いて観ることができるように、深奥な物語性に加え、亀篠と左母二郎の逢瀬の場面で滑稽な要素を取り入れるといったように、一幕の中で“重さと軽さ”のメリハリを効かせた幕でもある。そのような中で「オペラとしてのクオリティーを落とさず、観客の心に響くような美しい台詞」の考案や、「二幕の世界観をいかに美しく印象的に演出するか」という舞台表現において、仙道氏と台本制作メンバー同士でアイディアを出し合い、その都度細かく改案していった点が苦労した。
このような台本制作会議を経て、二幕は最終的には「強いメッセージを放つ、独自の“色”を持つ作品」に膨らんだ。そして、台本制作参加当初は右も左も分からなかった私だが、この「オペラ八犬伝」の制作を通して、初めて芸術世界に触れ、一つの作品を世代を超えて協力して創り上げた事により、何事にも真剣に取り組む姿勢を得た。今後の人生でも活かして行きたいと思う。
【三幕で苦労した点】 三幕担当:文学部日本語日本文学科4年 幸田 尚恵
三幕は物語の終結へ向かって全てが収束してゆく幕だった。三幕のテーマは「旅立ち・・・犬士たちの物語」ということで、八犬士のうちの4人が登場する。しかも各々が自分の犬士としての宿命を知り、葛藤の果てに未来に向かって旅立ってゆく決意をする。幕の冒頭に「芳流閣の戦い」のシーンを作ったのだが、この有名なシーンを今までにない新しい表現で描くことに悪戦苦闘した。その他にも、ラストに向かって犬士たちが戦うシーンや玉梓が消えるシーンなどこのオペラの中で最も見せ場とならなければいけないシーンを作っていく事に非常に苦労した。また、これらの激しいシーンは舞台での見え方や演出的なことにも気を配る必要があり、仙道氏の考えも参考にしながら何度も書き直した。
何より大変だったのは、一幕の内容の重厚さに相当するドラマ性のある終幕を作ることだった。ふつうの舞台ならばよく観るのだが、オペラに関してはほとんど知識がない状態で、オペラにふさわしい荘厳なフィナーレを作るのは不可能なことのようにさえ思えた。今、残っている当時の制作ノートを見返すと、イメージのイラストや言葉などでびっしりページが埋まっている。苦しみながらも、何とか物語を生み出そうとしていた当時の事は、生涯決して忘れない記憶になると思う。
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