専修大学育友会
オペラ「八犬伝」台本制作の記録
文学部
幸田 尚恵 ・ 中島 美和 ・ 雪下 恵梨香
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はじめに

2003年12月から2004年8月まで、10ヶ月という時間をかけて、文学部日本語日本文学科の板坂則子教授と板坂ゼミの4人の学生たちがプロの作曲家からの依頼でオペラの台本を制作した。来たる2006年1月28日、29日にいよいよそのオペラが上演される。上演を間近に控えた今、台本制作から宣伝美術まで、学生たちが関わったこのオペラの制作の記録をまとめ、振り返ってみたいと思う。

オペラ「八犬伝」制作経緯

私たちの所属する文学部日本語日本文学科の板坂則子教授は、日本近世文学『南総里見八犬伝』研究の第一人者であった。その為、作曲家仙道作三氏が「オペラ八犬伝」を制作するにあたり、台本制作を板坂教授に依頼されたというのが始まりだった。

それは、板坂教授に依頼されたものだったが、教授は、“学生たちがこのオペラの台本制作メンバーとして参加する”という滅多にないチャンスを私たち学生に与えてくださった。まず、教授はゼミナールの学生全員に呼びかけた後、その中の4名を指名した。北野いづみ(当時4年)、高橋佳子(当時3年)、幸田尚恵(当時2年)、中島美和(当時2年)の4名だった。選ばれた理由は様々で、北野は卒業論文で『南総里見八犬伝』を扱っており、物語の構想をよく理解していたという点から。高橋は小説家志望で、台本制作作業の実質的な責任者として適しているとの理由から。幸田は舞台経験があり、場面構想などを考えるのに良い人材であり、中島美和は元々世話係として参加していたのだが、感性の良さを認められ、台本制作にしっかりと携わるようになった。台本制作メンバーの担当幕は、一幕を板坂則子教授。二幕を高橋、中島。三幕を北野、幸田がそれぞれ担当した。このようにして、4人の学生と板坂教授の台本制作が始まったのである。

オペラ「八犬伝」 あらすじ

第一幕 伏姫と玉梓…未生以前の物語…

人里離れた深い山奥の洞窟に、伏姫は大きな斑の犬・八房と暮らしていた。その姿を見守るのは安房の守り神、役行者とそれに付従う童子。姫の祈りの声の中、物語は始まる。

それは昔の話。伏姫の父である里見義実公は白い龍に守られて、安房の国に渡ってきた。義実公は安房で悪政を布いて人々を苦しめていた悪人、山下定包を討ち取り、安房の新しい領主になった。捕らえられた定包の側女、玉梓は必死に命乞いをする。一度は許すという言葉を口にした義実公だったが、その言葉を翻し、玉梓を処刑する。死に際に玉梓は里見家への恐ろしい呪いの言葉を投げつけたのだった。

時は流れ、里見家には美しい姫・伏姫が生まれる。戦いの世は続き、人々は疲れ果て、里見家は窮地に陥っていた。そんな時、義実公の戯れの言葉から、飼い犬の八房が敵の頭の首を取る。伏姫は父の言葉の真を示すために八房と共に城を出て、人里離れた富山の奥深くに暮らす。

伏姫の祈りの声にいつしか八房も邪念を忘れ、平和な日々が流れていた。ある日、姫は八房の子を身ごもったことを知る。それは里見家を呪う玉梓の怨念だった。身の潔白を示すため、死を決意した伏姫と八房の前に現れたのは姫を救おうとやってきた義実公。義実の撃った鉄砲の弾は伏姫に当たってしまう。嘆く義実に、姫は自分が身ごもったことを告げた。姫は子供たちは呪いの子ではなく希望の子であると言いながら、決然と自害する。その瞬間、姫の体から輝く八つの珠が、空中に飛び散った。玉梓の呪いの声の中、伏姫は子供たちに未来を託して死んでゆく・・・。

第二幕 筒井筒…信乃と浜路の物語…

武蔵野国大塚に、犬塚信乃は暮らしていた。信乃はあの、伏姫の体から飛び散った珠を持っていた。信乃は宝刀・村雨丸を滸我の足利成氏に献上するようにという父の遺言を守ろうと志し、叔母の亀篠の家に養われていたのだった。

亀篠は信乃に辛く当たったが、同じ家で義兄妹として暮らす浜路に心を癒されていた。浜路は信乃に無邪気な恋心を抱き、慕っていたが、亀篠は浜路を大金持ちと結婚させようと企む。そのために邪魔な信乃に偽の村雨丸を渡し、滸我へ行くようにと追い払った。

別れの前夜、浜路は信乃の部屋を訪れ、信乃に命がけの恋心を訴える。この家で信乃しか頼る者がいない、ひとりぼっちの自分も一緒に連れて行って欲しいと懇願するが、危険な旅路だからといって信乃は聞き入れない。

その頃亀篠は村の色男・左母二郎と夜の逢瀬を楽しんでいた。亀篠は愛の印といって本物の村雨丸の在処の鍵を左母二郎に渡す。夜も深まったころ、左母二郎の前に現れた玉梓の怨霊は彼に浜路への恋心をたき付け、その気にさせる。

翌朝、旅立つ信乃の後を追おうとする浜路の前に左母二郎が現れ、浜路を口説きに掛かる。一向に聞き入れようとしない浜路に痺れを切らした左母二郎は持っていた本物の村雨丸を見せた。驚いた浜路は信乃の仇をとろうと、村雨丸を奪って左母二郎に斬りかかる。しかし、逆に浜路も傷つけられる。

旅の途中で不吉な予感に襲われた信乃は浜路の危険を察し、急いで大塚の家に戻った。そこで目にしたのは、真っ赤なけし畑の中で死んでいる左母二郎と、瀕死の浜路だった。ずっと浜路を愛していたという信乃の言葉に浜路は「あなたは私の夢のすべて」と歌い、信乃に使命を果たしに滸我にいくように告げ、息絶える。

第三幕 生命の旅立ち…犬士たちの物語…

真っ赤に燃える太陽の下、滸我の足利家の城では激しい戦いが繰り広げられる。偽物の村雨丸を持参した信乃は敵の回し者だと疑われ、芳流閣の屋根の上に追い詰められていた。捕り物名人の犬飼現八と対峙する信乃の前に玉梓の怨霊が現れ、憎しみの言葉と共に本物の村雨丸を投げつける。村雨丸は信乃の胸に突き刺さり、組み合っていた現八と共に、城の下を流れる利根川に落ちていく。

二人が流れ着いたのは行徳の入り江だった。そこには現八の古馴染み、古那屋の犬田小文吾が住んでいた。二人を救った小文吾は、目覚めた現八に夢で見た伏姫の話を告げる。それは、彼らが未生以前の絆、八つの珠で繋がれた兄弟であるということだった。驚く現八の頬にはその証である黒い牡丹の形の痣が浮かび上がっていた。

その時、ひどく酔っ払った小文吾の義弟・房八が入ってくる。房八は賞金欲しさに信乃を捕まえようとし、犬士たちとの争いが始まる。その騒ぎに巻き込まれ、房八を追ってやってきたぬいが連れていた幼い息子・親兵衛の息が止まる。息子を死なせてしまったこと、幼い命を亡くしてしまったことに嘆き悲しむ一同を玉梓の怨霊はあざ笑っていた。しかし、伏姫の「あなたの命への燃える思いを幼子に与えなさい」という真剣な呼びかけに、玉梓の霊は炎となって消え去る。そして親兵衛が蘇った。

新しい命を得た親兵衛に、伏姫は魂のしるしとして光る珠を与える。そして、「もう、八人の犬士はこの世に生まれ出ています」と歌う伏姫の体は、今までの頑なな白から透き通った蒼へと変わってゆく。「旅立ちのときは今」と告げられた犬士たちは未来に向かって生きる希望を胸に抱く。「命の輪廻は永久に続く」と皆が歌い上げる中で、犬士たちの掲げる珠は宇宙のイメージに重なり輝く光となる。
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