専修大学育友会
第46回全日本学生ローラースケート選手権大会までの一年
― インカレ男子総合優勝・女子準優勝 ―
専修大学体育会ローラースケート 部
「総合優勝は、専修大学です。」ついにやった。第46回全日本学生ローラースケート選手権大会(インカレ)(平成16年10月8日〜10日開催)で激闘の末、男子は優勝、女子は準優勝を果たした。セレクション(体育推薦入学者)がいないため選手全員が初心者で、ローラースケート競技を始めたのは大学から、それだけならまだしも4年生が男女1人ずつ、3年生が男子1人、選手の大半が1、2年生という上級生が圧倒的に少なく、試合に臨むには極めて過酷なメンバー構成であった。このような厳しい状況で好成績を残すことができたのは、これまでの練習の成果に他ならない。

「専大のローラースケート部門は当初、スケート部の中にあり、昭和44(1969)年にローラースケート部として独立した。昭和30年代から学生ローラースケート連盟のリーダー役となり、他の追随を許さない輝かしい戦績を残してきた。」(専修大学ホームページ)とあるように、専修大学はローラースケート界において名門である。インカレでの優勝回数は、今年度の第46回大会で男子35回、女子6回(女子の部は後から作られた)と他大学と圧倒的に差をつけている。他にも全日本ローラースピード選手権大会、東日本ローラースケート選手権大会、東日本女子ローラースケート選手権大会、東日本学生ローラーホッケーリーグ戦、東日本学生女子ローラーホッケー選手権大会、全日本ローラーホッケー選手権大会、東西交流学生ローラーホッケー大会、東日本ローラースケートスピード選手権大会東日本学生新人戦、東京都クラブ対抗ローラースケート競技会、全国選抜ローラースケートマラソン、東京都女子ホッケーオープン選手権大会と数多くの大会があるが、それぞれですばらしい結果を残してきている。また、それぞれの大会において専修大学 OB は役員、審判として参加しローラースケート界に大きく貢献している。さらに、卒業生、現役生を問わず日本代表も数多く輩出し、現在では女子チームのコーチを務めるOBもいる。

このようにすばらしい歴史と実績をもつ専修大学ローラースケート部だが、今回は違った。昨年度のインカレ終了と同時に主戦力であった当時の4年生が抜け、新たな主戦力となる2 , 3年生は前述したとおり3人になってしまったのだ。残りはローラースケートを履いて1年にも満たない1年生のみ。それも1年生から4年生まで大学から始めた者しかいない。絶望的だった。しかし、このまま諦めて負け続けるようなチームになりたくはなかった。それではどうすればいいのか。練習場所はある、使いたい時間に使える、コーチには元日本代表の一流というべき人達がついて下さっている。練習の質、量共に変えていく以外に方法はなかった。

ここでローラースケート競技について説明したい。ローラースケート競技は大きくスピード、ローラーホッケー、インラインホッケー、フィギュアの4種目に分けることができる。このうち専修大学はスピードとローラーホッケーの2種目を行っている。スピードはトラックの周りや、コース整備された道路を滑ってタイムや順位などを競う競技で、タイムで順位が決まるタイムトライアル、レースのいくつかの周回でゴールラインを最後に通過した選手がエルミネート(除外)され、残った強い選手だけで競い合わせるエルミネーションレース、決められた周回ごとに1位から3位までに得点が与えられ、完走後の得点の多い選手が勝者となるポイントレース、そして団体で競い合うリレーなど様々な種類がある。インカレではタイムトライアルとリレーの2つの競技で競う。ローラーホッケーは平たく言ってしまえばローラースケートを履いてホッケーをする競技だ。試合時間は前後半20分でハーフタイムは10分。試合は2チーム間で行われ、フォワード2名、ディフェンダー2名、ゴールキーパー2名の5名で行い、交代は自由にでき、相手ゴールに入れた得点の多さで勝敗を決める。両種目ともアイススケートのスピードやホッケーを想像するとわかりやすいだろう。

この2つの種目、それぞれに専門の選手がいるかと思われがちだが、そうではなく、一人一人の選手が両方の種目を行うため、練習配分が難しい。あちらを立てればこちらが立たず、といった具合にスピードを多くやりすぎて、ホッケーがおろそかになるわけにもいかず、またその逆になるわけにもいかない。またホッケーでは、男女でやはり練習内容や目的が違ってくるため、別々の時間に練習を行う必要があった。このような点を考慮し、コーチや主将を中心に新しい練習メニューが作られていった。そして、選手の履修状況と日没時間なども考慮に入れ、1週間の練習日程は日、月、木曜日がスピード練習、日、火、水、金、土曜日がホッケー練習、そのうち火曜日が女子練習、金曜日が男子練習と決まった。土日には OB 、 OG や他チームを招き合同練習や練習試合を数多く行った。練習の内容もさらに厳しくなった。一回の練習時間が増え、真夏の太陽の下、何時間も練習をした日々はかなりつらかった。スピード練習の走行量も増えた。前日の練習の疲れが取れぬまま練習をするというのが、頻繁どころか毎日になった。こうして週6日7回の練習をこなしていった。

それでもやはり、始めは勝てなかった。それどころか大差で負ける試合が多く、ホッケーの試合で二桁差をつけられて負けたときもあった。情けなさのあまり涙を流したことや、本当に今の練習で勝てるのかと不安になったときもあった。この時期が一番つらかったように思う。しかし、昨春に行われた全日本ローラースケートスピード選手権大会にある出来事が起きた。この大会で総合4位という好成績を残した斉藤卓聡が、一般生としては異例の一部昇格を果たしたのだ。これにより、それまでの練習は正しかったということが証明され、このままいけば勝てるチームになれるかもしれないという希望が生まれた。さらに、秋田県で行われたアジアローラースケート選手権大会に出場するローラーホッケー日本代表選手として森川友紀子が選ばれた。現役の女子が選ばれるのは数年ぶりで、これも厳しい練習と本人の努力の賜物だろう。森川はこの後、秋に行われた世界女子ローラーホッケー選手権大会の出場選手にも選ばれ、ドイツにも行った。二度の代表経験は森川自身を成長させただけでなく、そこで得た知識や技術を他の選手に与えたことで、チーム全体の伸びにつながった。

夏に入ると、ホッケーの大会や練習試合での結果が変わってきた。男子は負けることに変わりはないが、シュート力が上がったため、また2年生も試合中に機能するようになったため、点数を決めることができるようになり、点差を縮めることができた。女子は少ないながらも勝てるようになり、練習の成果を少なからず感じるようになってきた。8月には長野県で夏期強化合宿を行った。午前にスピード練習、午後にホッケー練習を行うのだが、近年に見ない程の練習量ということで、まさに地獄だった。練習以外にしたことは食事と就寝ぐらいだったように思う。しかしこの1週間の合宿で全員の体力が上がり、スピードでは当然のことながら長距離が延び、ホッケーでは以前からの足を使った試合をするというプレイスタイルに自信が持てるようになった。

合宿から帰ってしばらくしたあとに、ジュニアローラーホッケー大会という19歳以下の男子の選手で行われる大会に、人数ぎりぎりの5人で出場したのだが優勝した。同学年には勝てることがわかり、練習の成果を非常に感じた。さらにインカレ1週間前の最後の練習試合では、男子が今まで1度も勝てなかった相手に勝つことができた。いけるかもしれない。チームの期待とモチベーションは上がり、インカレ当日を迎えた。

大会中は最終日以外毎日雨が降った。足元が濡れて滑るため、一日目のスピードは泥試合となった。それでも普段の練習の成果を発揮し、危ないながらも男女ともスピードでは1位となった。しかしホッケーでは男女ともあまり良い結果を残すことができなかった。男子は1位になったチームとあたり、延長まで持ち込んだが負けてしまった。女子もあと少しのところでやられてしまった。スピードとホッケーの点数を合計した結果、男子が総合優勝、女子が準優勝となった。

このメンバーで優勝、準優勝。この1年がんばってきて本当に良かったと、努力に勝るものはないと痛感した。練習すれば1、2年の差は埋まってしまうのだ。勝つためにやること、やれることがこの1年を通してやっとわかった。これからの練習は量を増やすことは時間的にできないので、質をより高め、今年度のインカレでは男女ともホッケー、スピード共に1位の完全優勝を目指したい。